道川内 知とはどんな経営者か?吉祥寺から始まった30年の「途上」【THE BOSS 立ち上げの物語 第2回】

連載 THE BOSS 立ち上げの物語 第2回 アイキャッチ(YouTube番組の司会・道川内 知)

YouTube番組「THE BOSS 〜経営者のルール〜」の司会・道川内 知は、1995年に大阪でインターネットの会社を起業し、30年たったいまも「途上」を記録し続けている経営者です。この回では、本人がブログに残してきた言葉から、その歩みをたどります。

この記事でわかること

  • 道川内 知の仕事の原点はどこにあったのか
  • 30年の中で、何を大事にしてきたのか(本人の言葉で)
  • 「途上を残す」という姿勢が、THE BOSSとどうつながるのか

文:THE BOSS編集部|最終更新日:2026年10月7日

目次

この記事の流れ

  1. 30秒でわかる要点
  2. 道川内 知の仕事の原点はどこにあるのか?
  3. なぜインターネットの会社を起業したのか?
  4. 30年たって、いま何と向き合っているのか?
  5. 道川内は挑戦をどう捉えているのか?
  6. この歩みは、THE BOSSとどうつながるのか?
  7. よくある質問
  8. まとめ

30秒でわかる要点

  • 原点は1993〜1995年ごろの東京・吉祥寺。アメリカ人が一人で起業した会社を手伝い、「商売の面白さ」に触れました。
  • 北米との通信費が、インターネットで大きく下がった衝撃から、1995年に大阪でインターネットの会社を起業しました。
  • 20年以上続けた会社のなかで、いまは事務所を移し、増やすだけでなく「身軽にする」経営にも向き合っています。
  • 挑戦について「摩擦は、単にスタート地点にいるというサインに過ぎない」と書いています。
  • 本人のブログは「完成形を語る場所ではなく、途上を残す場所」。その姿勢は、THE BOSSが聞きたいものと重なっています。
YouTube番組「THE BOSS 〜経営者のルール〜」の司会を務める道川内 知
YouTube番組「THE BOSS 〜経営者のルール〜」の司会を務める道川内 知

夜の帯広。買い物へ向かう途中、道川内の目に、一軒のアイスホッケーショップが入りました。

アイスホッケーをやっていたわけではありません。それでもその看板が、30年以上前の記憶を呼び起こしました。本人は、そのときのことをブログにこう書いています。

「その最中にいるときは、ただ目の前のことをやっていただけなのに、時間がたつと「あそこが分岐点やったんやな」と思える瞬間がある。」

道川内 知の仕事の原点はどこにあるのか?

原点は、1993年から1995年ごろ、東京・吉祥寺で一人の起業家の仕事を手伝った経験にあります。

「きっかけは、アメリカ人が一人で起業した会社を手伝ったことにある。」

扱っていたのはホッケー関連の用品。本人はその現場を、こう振り返っています。

「大企業でもなく、完成された組織でもなく、一人の起業家が何とか形にしようとしている小さな現場だった。」

「その仕事を手伝う中で、自分は商売の面白さに触れた。」

完成された会社ではなく、挑戦の途中にある小さな現場。道川内の仕事は、そこから始まっています。

なぜインターネットの会社を起業したのか?

海外との通信費がインターネットで一気に下がった衝撃が、そのまま起業につながりました。

当時、北米とのやり取りには毎月15万円ほどの通信費がかかっていたといいます。1994年にインターネットのプロバイダーと契約すると、それが数万円で収まるようになりました。

「え、こんなに変わるのか。これからは、こういう時代になるのか。」

「そして1995年、自分は大阪でインターネットの会社を起業する。」

1990年代の終わりには、東京駅の丸の内側で、公衆電話の上にノートパソコンを置き、ISDNでつないでメールを確かめていたこともあったそうです。

「“その場所で仕事ができる”ことより、“その場所を仕事場にする”ことの喜びがあった。」

道川内 知の歩みの年表。1993〜95年ごろ吉祥寺、1994年通信費の変化、1995年大阪で起業、1990年代終わり、2026年の事務所移転

30年たって、いま何と向き合っているのか?

いまの道川内は、会社を大きくすることと同じくらい、身軽にすることにも向き合っています。

2026年、長く使った南船場の事務所を撤収し、新しい事務所へ移る準備を進めました。その日々を、本人はこう書いています。

「事務所を片付けるというのは、机や棚をなくすだけではない。そこに積み重なっていた時間まで整理しているような感覚がある。」

「大きくすることだけが経営ではない。身軽にして、次に動きやすくすることも経営である。」

一つを閉じる話をした直後に、新しい場所を決めた日もありました。

「終わらせるものは終わらせる。新しく始めるものには向き合う。」

30年たっても、道川内は「完成した経営者」として語っていません。終わりと始まりが同じ日にやってくる、その途中を書き残しています。

道川内は挑戦をどう捉えているのか?

道川内は、挑戦につきものの重さを「摩擦」と呼び、それを上回る推進力があるかどうかが問題だと書いています。

2年以上、車中泊をしながら仕事を続けてきた経験から、こう綴っています。

「新しい事業、新しい市場、新しいチーム。最初は必ず摩擦がある。」

「転がし始める前に、やめる理由はいくらでも見つかる。」

「でも摩擦は、単にスタート地点にいるというサインに過ぎない。問題は、摩擦があるかどうかではない。それを上回る推進力があるかどうかだ。」

58歳の夜に「小説を書こう」と思い立ったときも、その記事を「58歳の夜、新しい挑戦が始まった。」と結んでいます。同じ記事には「今から始めるのがベストタイミングかもしれない」とも書いています。

時期 出来事(本人のブログより)
1993〜1995年ごろ 吉祥寺で、アメリカ人が一人で起業した会社を手伝う
1994年 プロバイダーと契約。月15万円ほどの通信費が数万円に
1995年 大阪でインターネットの会社を起業
1990年代の終わり 公衆電話の上でノートパソコンを開き、メールを確かめる
2026年2月の時点 車中泊ノマドの生活が2年以上に
2026年 南船場の事務所を撤収し、新しい事務所へ

この歩みは、THE BOSSとどうつながるのか?

道川内が自分の途上を書き残してきたことと、THE BOSSが経営者の途上に光を当てることは、同じ方向を向いています。

道川内は自分のブログを、こう説明しています。

「会社のブログでは書けない、経営者の本音を残す場所。」

「このブログは、完成形を語る場所ではなく、途上を残す場所として使っています。」

また、別の記事ではこう書いています。

「AIの時代になっても、最後に仕事を動かすのは人である。だからこそ、技術を磨くだけでなく、一緒に挑戦したいと思ってもらえる関係づくりを続けていきたい。」

吉祥寺で触れた「一人の起業家の小さな現場」。番組のスタジオで向き合う、挑戦の途中にいる経営者。この二つは、どちらも「挑戦の途中にある人」です。THE BOSSが光を当てたい「挑戦の途中」は、司会の道川内自身が歩いてきた場所でもあります。

よくある質問

道川内 知とは誰ですか?

YouTube番組「THE BOSS 〜経営者のルール〜」の司会を務める経営者です。1995年からIT業界に携わってきました。

道川内 知はいつ起業しましたか?

本人のブログによると、1995年に大阪でインターネットの会社を起業しています。

起業のきっかけは何ですか?

吉祥寺で、アメリカ人が一人で起業した会社を手伝っていたとき、北米との通信費がインターネットで大きく下がったことに衝撃を受けたのがきっかけだと書いています。

道川内 知のブログはどこで読めますか?

「ボスブログ|経営とAIの途上記録」(theboss.jp)で、経営やAIの活用、日々の判断の記録を発信しています。

道川内は挑戦についてどう考えていますか?

新しいことには必ず摩擦があり、それは「スタート地点にいるというサイン」だと書いています。問題は摩擦の有無ではなく、それを上回る推進力があるかどうかだという考えです。

まとめ

道川内 知は、吉祥寺で一人の起業家の挑戦に触れ、1995年に大阪でインターネットの会社を起業しました。30年たったいまも、事務所を移し、会社を身軽にしながら、その途上を書き残しています。挑戦の途中にいる人に光を当て、応援する。THE BOSSの芯は、番組の司会を務める道川内自身の歩みとも重なっています。次回は、THE BOSSが番組名に掲げる「経営者のルール」とは何かを考えます。

道川内が司会を務めるYouTube番組「THE BOSS 〜経営者のルール〜」は、YouTubeでご覧いただけます。出演のご相談は、Webメディア「THE BOSS」(theboss-media.jp)のお問い合わせフォームからお寄せください。

連載「THE BOSS 立ち上げの物語」(全5回)
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